「胸騒ぎ」　感想　Noと言えないデンマーク人

概要

原題：Gæsterne/Speak No Evil

製作：2022年デンマーク・オランダ

配給：シンカ

監督：クリスチャン・タフドルップ

出演：モルテン・ブリアン/スィセル・スィーム・コク/フェジャ・ファン・フェット/カリーナ・スムルダース/リーバ・フォシュベリ/マリウス・ダムスレフ

デンマーク人夫婦のビャアンとルイーセとその娘アウネスは、イタリア旅行中に出会い仲良くなったオランダ人家族の家へと招かれる。だが、彼らは善良な一家のようでいて微妙に不愉快なもてなし方をしてくるではないか。ビャアンたちは居心地の悪さを感じながらも、少々のことは我慢して楽しい週末を彼らと過ごそうとするのだが…

予告編

感想

私のアンテナにひっかからない系の地味な邦題だったので危うくスルーしそうになりましたが、超絶胸糞悪い北欧スリラーだと小耳に挟んだので、この爽やかな日曜の朝っぱらからいそいそと薄暗いサツゲキの地下シアターへと潜って参りました。

内容は、旅行中に出会ってちょっと意気投合しただけの得体の知れないオランダ人の家へ招かれ、ノコノコと遊びに行った善良なデンマーク人一家が地獄を見るというもの。

いやー…これは想像以上にえぐられる内容でしたわ。何だか嫌な胸騒ぎがするのう…程度の小さな違和感を1時間以上じっくり丁寧に積み重ねておいてからの、この上なく無慈悲な一撃。誰もが絶対見せてほしくないと願っていたものをどアップではっきりと見せてきやがりました。もう少しこう何というか…手心というか…。半ば予告していたようなものとはいえだよ。

私も今まで散々ムゴくて痛いド外道ホラー映画を観てきて、それなりの耐性を身につけたつもりでいました。が、それも所詮娯楽というぬるま湯に浸かっていたに過ぎなかったのか。ここまでドス黒い気分で劇場を後にしたことはかつてなかったかもしれません。

デンマーク人がオランダ人の家へ泊りに行く…という国際的なニュアンスは正直全然分からないのですが、そこで起こる軋轢そのものは誰でも身に摘まされるところがあります。

ベジタリアンだっつってるのにイノシシ料理を出してきやがった…

でも食べなきゃ悪いかな…

娘の寝床が何だか粗末…

でもお金持ちじゃなさそうだから仕方ないか…

いくらか出すって言っただけなのに全部オゴリってことにされた…

音楽の音量がデカすぎるって言ってるのに小さくしてくれない…

不愉快は不愉快なんだけど、それをひとつひとつ指摘してしまうと何だかこちらが細かい人間みたいで文句もいいにくい。人の常識や価値観なんて人それぞれだし、国が違えばなおさらそういうことはある。だから多少のことは我慢して愛想よくしなきゃ…こちらに非があった事もあるし…。

そんなことは誰でも学校や職場で散々感じており、誰しもささくれ立った心を抱えて生きていると言えます。それは社会生活を営む上で避けられない微細な傷。本作はそのささくれをイジイジツンツンと少しずつ剥き続けてきて、最後の最後に一気にベリベリベリィッ！と引き裂いてくる。これには私の心も大出血。このクライマックスの時だけは観に来たことを本気で後悔してました。

「君が差し出したんだ」

理不尽なセリフですが、これを否定し切れないのが本作の厭らしさ。ビャアンたちは惨劇を避ける機会を何度も何度もフイにしてしまっており、もはやわざととしか思えなくなってくる。特にぬいぐるみのくだりと立ち小便のシーンはひどい。どうして逃げるべき時に逃げられないのか。それ以前も「ちょっと持病の痔が悪化しちゃったので帰ります」程度の方便がなぜ使えないのか。しかしそれすらもよくあると言えばよくあると思える。いじめられてるのに学校へ行き続ける子供、ブラック企業なのに辞められないサラリーマン、itnの新作に金を出し続けるクソ映画マニア。

パトリックたちもアレだけが目的だったのなら、何も2日間ももてなしてチャンスを与える必要は全くない。サイコはサイコなりに「差し出された場合だけ頂く」という行動原理を持っており、ビャアンたちを試していたのではないかと思いました。直前に意図的に正体バラしてくれてたのもその一環か。

人間社会の軋轢は愛想笑いだけでは乗り越えられない。イヤなことにはハッキリNoと言い、逃げるべき時は脱兎の如く逃げ、それでもダメな時は覚悟を決めて戦うべきである。気が優しく優柔不断なだけの奴は死ぬぞ。というメッセージは感じましたが、それはそれとしてあまりに気分が悪いので今後しばらくは能天気な馬鹿映画を観て心を癒そうかと思います。